妖怪・河童に会いにチェンマイへ
バナナンさんから電話がかかって来た。
「面白い人が来てはるよ! その人、河童やねん、節分に踊ってもらうねん、」そんなこと聞いたら・・・うずうず、困った性分やゎ、二回目は27日にすると、
えっ?27日ってレイジのピアノも同じ日にジェシーと弾く、まぁええかと母は河童を選ぶ。
夜行バスはきついしなぁ・・・、ってことで飛びました。チェンマイ最初のお昼ご飯は中華の餃子、これまた、「アィヤ〜、アィヤ〜、アィヤ〜」連発の人が居てたりでお店も人も子供も中国やった。バナナンさんと二人、笑いを堪える。
さて、この後、素の河童に会う。職人肌のいい男、ちと臭いのが玉に傷、そら、最小限の荷物で二年で世界一周してんねんから、しかも生き長らえるお金は先々での投げ銭。なかなかの兵.
その夜、不覚にも私は飲み潰れ、奴は座り直してこっちを向く。あっ!と気がついた時には既に河童の魚、その後、グシャっとやられてシャワーも浴びれずベットへ倒れ次の朝を迎える。
チェンマイの朝はカメラを持っていつものお粥屋へ行き、いつもの市場をぶらぶら。
今夕のメインディッシュ「きゅうり」を2kg買う。そぉ、今夜は「河童祭り」
持ちきれンぐらいの食材を持って帰り、無念の思いを抱き「河童」と朝の挨拶を交わす。
その後、バナナンさんとのお約束の「ナイトバザール界隈にあるモスクの近くに、金曜日だけ立つ市」へ、一緒に河童と脱サラ青年がくっついて来た。
中華系もスリムの人達が集まってる市場です。ここの目玉はなんと言っても納豆に蒟蒻、豆腐よう、オランダ豆の豆腐、他にも分からんものがいっぱいあります。ここでも今夜の酒の当て購入、30分歩いて帰る。荷物を持ってくれない脱サラ青年に大阪ババァはブ〜イング、
一服して仕込みに入る。予定では「散らし寿司」しかし、酢が全く足らず、混ぜご飯オニギリに変身、キュウリの朝漬けは時間が足らず「ナムピックパラーサイパトゥー」の当てに、焼きビーツとヤーコンのサラダ、茹でソラマメ、豆腐よう、山岳民族の作った餅を揚げたオカキと沢山のビール。お客はバナナゲストハウスロビーいっぱいの人。
仕込みが出来上がると平行して「河童」のテンションが高くなる。褌締めて衣装を着て、白塗りして用意万端。でも引っ張る、引っ張る。そして始まりまずは「獅子舞」「ひょっとこ・おたふく踊り」水かけてキスして追っかける。子供逃げる。キャーキャー騒ぐ。そして私は写真撮るが暗いレンズで諦める。最後は上手に大人を使い子供達を遊ばす、その頃には白塗りもかなり落ちるが、ハイのまんま、飲みに突入。そして奴は酔いつぶれ、泥酔状態で部屋へほり込む。チャイヨ〜!! この夜はちゃんとシャワーへ入れるゆとり有り、
ま、2日目の朝もカメラを持ってお粥やへ、市場へ、おっと、カメラのCFカードエラー。またや、いよいよかなぁ、と、CANON40D決心すれど、昨夜のお疲れさんでボ〜っとする。
午後、「河童」はバンロムサイ(HIVの子供の施設)慰問のため私を含めお付き7人で出向く。子供達は以前より減っていた。亡くなったわけではなく新たな入居がないような・・・・、
ま、それは置いといて、また「河童」は上手に子供等を楽しませてくれました。追いかけ回し、水をかけ、限り無く続きます。お付きのアフ研(アフリカ研究会)の若者三人はなかなか動けません。それでもたっぷり1時間半、
夕方、バナナへ戻ってチェンマイ名物「カオソイ」を頂き、3番目の目的、1号さんの「仕事をする手」を撮りに、その後井戸端で重要な会議をしてバナナに戻り、バナナンさん、河童、1号さん,私の4人で「1号さんが(を)嫌ってる子がいる美味しい中華」を堪能。そしてチェンマイナイト、JAZZLIVEへ、そこでは歯抜け日本人爺さんがパーカッションをしていた。いいなぁ、面白い。あっ、河童に「バカ話をしよう」と言っていてほったらかしだよ、
既に夜中は過ぎ、バナナは真っ暗、隣のセリーさんのバーへ・・・、おっと、河童がファラン相手に飲んでいる。ま、顔見知りが何人かいてそのまんまズリズリ・・・、見知らぬ目つきの悪いタイ男にからまれる。トイレへ行きたいと言って席を立つ。河童も帰るといい、真っ暗なバナナへ、本当にトイレへ行きたくって部屋へ帰り、バカ話はお流れ。
3日目の朝はカメラ無しでお粥屋さんへ、市場へぶらぶら、バナナンさんと打ち合わせしてる間に帰る時間と相成り、河童はバンコクへ戻ると来るといい、アフ研は「ナムピックパラーサイパトゥー」を教わりに来るといい、タカちゃんはタカちゃんナイトで盛り上がろうといい、あっと言う間に予定は未定、こんなん初めてやチェンマイ、お仕舞いとなりました。











