Fobissea Music Festival
(2)
「僕」 を撮りに行った母は ものすご疲れました。
こんなに長い日はなかったなぁ、


なんとも・・・・重みの無い、タイらしい・・・・<m(__)m> シアターの入り口でかれこれ30分、開場を待ちます。
 その間、レイジ、Bret、いつも彼に影のように付き添っている父Garyやターに会う。

 いつも、こんな感じで興奮して騒いでるときしか彼らに会っていないよなぁ、
 もっとも、彼等が通常の学生やってるときは、私が学校へ行かんし・・・・
 何にもないところで待つのは退屈です。 シゲオもいてへんし・・・・ 

 
やっと入場、なんか中・・・入り組んでます。素直にシートへ辿り着けません。
 実にもったいぶった作りです。 さっさと座らして〜な、もぉ・・・・

 
知らん間にシゲオは友達と座っています。しかも女の子、
 母は複雑・・・・って、ちょっと書いてみたかっただけ、嵩高いから見えんとこに居ててくれて、
 ありがとぉ!でした。 こんなダラダラ書いてたらあかん。終らん。先に行きます。


・・・・・(ーー;)・・・・・
やっとFobissea Music Festival 始まり、始まり

 
静かにファンタスティックな曲が・・・・

 なんじゃ? あれれ・・・ 蛍光色衣装に身を固めた
 宙吊りお姉さん方が・・・頭の上をフ〜ラフ〜ラ、
 へぇ〜 物珍しげに上ばかり見ていた私はおのぼりさん。

 
紙ふぶき蒔いてお姉さん方また、上へ帰っていきはりました。
 ふと我に返り、何やったん?賑やかしや、そやそや・・・(ーー;)

 
ホストの学校はPattayaの「GIS」ここまでするのはたいへんだったでしょぉ、まずは、ありがとう と ご苦労様。
 レイジからは100人ぐらいと聞いていたのでそのつもりで見ていると・・・・・ステージの上にいっぱいいてはります。
 うわぁ〜・・・・いっぱいや・・・・・その時初めて 「350人集まっている」 と聞きました。


     
これだけかと思いきや・・・・
     クイズ:レイジは・・・どこでしょうか?
                                           レイジはクワイヤ最前列背の高い子二人の隣、ペコっとへっこんでる小さい子、ここの上 
 
このクワイヤの中にレイジが埋もれてます。さて見つかるので・・・・・いてました、が・・・・・・小さい。 
 これだけいたら迫力も出てきます。 次から次へと曲が変り、指揮者も変り・・・・、私の偏見で好みのものしか紹介しません <m(__)m>



     レイジが楽しんだ「ジョイフル・ジョイフル」が始まります♪
            ちょっとは・・・にっこりしろよ〜
 レイジからのインフォメーションは 「真ん中でするから撮ってな」 だけ・・・・・主な所は、私のシートの反対側、バカやらう!!
 何ぼ望遠を持って行ってるからって、あかんやろ〜 、しかも動き回ってて、ブレブレの写真しか撮れんやんかぁ〜
 
折角来たのに・・・・・私、勝手なことを心の中でほざいてましたが、本人さんが楽しんではったらよろしいです。ええ経験ですゎ、            

      真ん中でエレキ弾いてる子が[Bret」ね、私何を隠そうここの親子のファンなのね♪ご覧のように有象無象も一緒くたこれ、まだ全員写ってるわけじゃない

 
これ、なかなか良かったよ、シゲオが・・・・「ち゛ぐじょぉ〜、これに来てたら僕のソロで始まったのに〜」 だそうだが・・・
 「お前は学校の仕事があるやろぉ」 と私が行かさんかったのです、てか・・・参加費を出さなかったのね、

  こんな感じで。タイ音楽あり〜のクラシックあり〜の、レクリエムあり〜のの・・・ここだけが時間の経つのが早かった。
   最後は見せてくれます(^v^)凄い花吹雪でした
 
最後のレクリエム、クライマックスに後ろが動き出すと・・・・・そこはもぉ、外。花火です。ドカンドカンと打ち上げ花火、高いわけや(ーー;)
 最後にお世話になった各国の先生方に感謝の品を・・・・・その後、凄い量の花吹雪、コンサートは盛大に終ったのですが・・・・・

 これからが本番、とゆう子達もいます。写真timeに打ち上げディスコ!ま、関係のないシゲオもこちらに潜り込み、あげく兄弟喧嘩!
 充分に楽しんでますゎ、 次の日の朝、シゲオに会うまでの行動は皆無、ディスコの後、ターの部屋で酒だったそうですが・・・・?


 さて、私達、頼んであった車は? ありません。 もう一度聞いてみると、ほんの1kmでも、400バーツと(1200円)法外です。
 このPattayaまでバス料金一人120バーツです。ね、考えられへんでしょ、
 歩きます。だいたいあちらへ・・・・かな? で・・・でもわからなくなり、4斜線道路のUターンのど真ん中で単車の兄さんを捕まえ

 ホテルと話をしてもらいましたが、その人、酔っ払いです。と、そこへ別のお兄さん、この人、これから飲みに行くそうでまだ、OK。
 バイクタクシーでも無いのに、って、いてませんもん、そんな時間・・・9時半です。 人気、ぜんぜんありません。
 交渉です。 一人50バーツで行って! done。 そこから道に迷い迷い・・・・私は酔っ払いの兄さんの単車、「日本の女の人、綺麗やねぇ」
 その話ばっか、「私もそやったんよ、わかってる?」 「うっそ〜」 とぬかしたので、後ろから小突いてやりました。
 こんな風に、たかが2,3kmに20分かけてやっと辿り着いたホテルって・・・コテージやんか・・・・、中、うっ、ゲストハウスやん、

 何でこんな値段で、たかぎやん〜、「何であんたは交渉せんの!!!」 疲れがどっと出てきました。
 兎に角、夕食を・・・・・・あんまり食べられません。 ビール、コップ1杯飲みきれません。 しんどい。
 先に部屋へ引き上げてシャーワーヘ行って横になると背中が痛い・・・・・・うっ、ベットが ぼろい。 

 
私の予定では次の日、途中のシラチャとゆうところでシーフードレストランに行く予定でした。
 Pattayaの朝、しかも日曜日、朝飯の屋台は・・・・・・ぜんぜん出ていません。 レストランも人がいません。海岸沿いを歩いて

 やっと朝食の「カオ・トム」(お粥)にありつくことができ、シゲオとも連絡がついて、でもいるところの説明が出来ません。
 近くで魚釣りをしているタイ人にシゲオが乗っている車の運転手さんに説明をしてもらって、それでも不安で何度も電話をしてくる彼に
 「そんなこと、何とか考え〜てぇなァ、うっとおしいなぁ、もぉ・・・」 朝なのに、すでに疲れはじめている私。

 
こんなことしてるうちに時間は経って、シラチャのレストランなど、どおでもよぉなってきた。 さっさと家に帰ろ!
 帰って「パンとラテ」でええよ、みたいな・・・・
 帰りはバンコクまでノンストップバス。 勿論、途中で人は乗ってこないし、高速やし、2時間かからんかった。
 近所で買い物をして、今晩は「巻き寿司」でもチョコっと作ろうかな? 二人だけやから、4本もあったら余るでなァ・・・・


 シゲオが 「家で食べるでぇ〜」 え゛〜〜〜〜、
 レイジが 「ただ今寮に帰りました。ありがとう、エッ!それやったら、これから家に帰るから!」 え゛〜〜〜〜、

 
あんたら・・・何を考えてんのん、 結局、巻き寿司、中身焼肉やったり、竹輪揚げたんやったり、鮭のフレークマヨ和えやったり、
 11本、巻きました。米、5合、無くなりました。 レモン風味の鳥の炒め物特大胸肉3枚焼きました。魚のあら汁作りました。
 ここまで休憩なしです。 


 シゲオはお腹が痛くなるほど食べ、後は大きいタッパーに巻き寿司を詰め、鳥の炒め物皆、熱い茶付きで持って帰ってもらいました。
 勿論、レイジへ・・・・
 私はあんまり食べられませんでした。 結局、寝たのは深夜、 もぉ、むちゃくちゃ長い二日間でした。 


 
P.S. レイジからは催促の電話はあれ、その後、どうなったのか?完食はしたらしい (シゲオ談) 本人からは未だ連絡なし。

       母とはこんなもんなんか、?  20年染み付いた母親業を綺麗さっぱり落とすことでき・・・へんわなぁ〜、