Do in Rome as Romans do

タイ暮らし(お手伝い編)


やっぱり、文化が違うとゆうことを生活の中から実感!
タイに来た当初の話
| お手伝いは雇わないといけない。 |
| 公共のバスなどには乗ってはいけない。 |
| タクシーにも乗ってはいけない。 |
| 勿論、モータサイ(バイクタクシー)はダメ。 |
| 会社の車は当てにしてくれるな |
こんなん、どぉやって生きていけってゆうの?
来た当初は・・・4月、これから夏本番! 暑いわ〜〜〜 何にも出けへん、
まず、お手伝いさん。
旦那さまに「会っておいて! あんたが気に入ったら雇うから、」
気に入ったらって・・・・タイ人、見たことあらへんやん、知らんで〜、私そんなんわからへん・・・・
ポンさん
| 日本食、作れます。 |
| 日本語、話せます。 |
| 住み込みです。 |
| 月給7000バーツです。 |
雇いましたがな・・・・、仕事、してましたけど・・・機嫌悪そうな顔して・・・・
こっちはお金はろて雇ってるのに、なんでこんな気分の悪い思いをせないかんのか・・・不可解!
彼女の作り日本食は ? ? ?
筑前煮にはタロ芋を使うから、味がぜんぜん違う、
エビフライ?小さいなぁ、えっ3匹だけ?
コロッケ・・・・これ1個?
豚バラ肉のコーラ煮・・・・いらんなぁ・・・・






ここバンコクで、土台こんな食事は・・・・無理・・・・ではありませんでした。
努力もしくは、お金で解決できることでした。
で、私は努力しか選べませんでした。
私等の生活
当然、エアコンは点けっ放し、
子供達は英語の家庭教師を付けて、私は午前中タイ語の特訓。
午後、必ず知恵熱をだす。38.5〜39度 2時間は起きれない。
きっと子供等も不安だったに違いない。でも、私、人のことは言ってられなかったわ、
買い物は・・・一人で行けない。旦那さまといっしょに夜中、大型スーパーへ
飲み水・・・・これも買いに行く。5Lのペットボトルを10本とか15本とか
とにかく大量に買いだめをする。
お手伝いにお金を渡すと、ここの物価がわからへんから不安になる。

その中で唯一、気持ちが「ちょっと嬉しいじゃない?」
それは、コンドミニアムの白い制服を着たちょっと男前のドアボーイが「マダム!」
最初は周りをを見回したけどね・・・・・「それ、誰?」
今は?・・・・そんなもん「奥さん」?「マダム」? ピーでええって、
(ピー:年上の人に使う総称)
このなれない生活も4ヶ月で終る。
このお手伝いのポンさん、泥棒してドロン・・・・・・途方にくれる私・・・・
大金を取っていったわけではなかったけど・・・・・何を信じていいのやら・・・・・

それから1ヵ月後、新しいお手伝いに日本人会で出会った。
毎週月曜日、お手伝いの斡旋の会が開かれる。
私の希望を話していると、となりで話してる子が・・・・
オップ「私は英語が出来ますが、日本語は出来ません。」
斡旋人「この子、こんな子といってるけど、英語なんて話せませんよ!」
雇いたい人「英語が出来るんなら是非・・でも、家内は英語もダメだなぁ」
斡旋人「あんた、あっちへ行ってまってなさい」まったく表現の仕様がない。
お手伝いさんではなく、召使って感じかなぁ・・・いややなぁ・・・・
その斡旋人、その子を私に回してきた。
斡旋人「奥さん、タイ語は話せる? 少し? じゃ、この子英語も話せるって行ってるから」
オイオイ、さっきはあかんで私はええのかい?
オップは家へやって来た。自宅が近所にあって通勤し安かったから来る事にした!だって・・・
それから彼女は子供達にも気に入られ、1年半、我家で働くことになる。
これほど信頼できる人はいない・・・・私は運が良かったってつくづく思った。
ほんまにええ子、創意工夫ができる子、時々とんでもないアホするけど、
妊娠8ヶ月、足がむくれると言いながらも働いてくれた。
子供をうむために仕事を辞めた。
それから2,3人お手伝いさんが入れ替わったかな?中には15歳の子供も居た。
私の気に入らない子ばかりで長続きはしなかった。
2003年一軒家に引越し、お手伝いは無し・・・・
2004年再度引越し、事務所賢自宅へ移る。
いよいよお手伝いが要るようになって来た。

オップが子供を産んだ後、何度か遊びに行ってた。
何度か仕事の話をしても、子供の面倒を見てくれる人が居ないのでー仕事は出来ない」と、
「じゃ、家族ごと引越しといで、クン ポンティープに話そぉ」
2004年8月 私達は同居を始めた。生まれて初めての体験。
最近はミャンマー人やラオス人は住み込むらしいが、タイ人は住み込みは少なくなって来たらしい。
今、ここのタイ人たちはお金を持ちになりつつある・・・私等が足元にもとゆう金持ちが・・そこらへんにいっぱい!
私とオップには決まりごとがある。
それは台所、食事を作ってもらわない!とゆうこと。
オップの食事は・・・・・旦那さんでも食べないぐらい・・・・・最近はましになってきたが・・・・・
それと、台布きんは必ず私が洗うとゆうこと。
雑巾と台布きんは同じもの・・・・だから洗うときは雑巾バケツで洗う。これには私かなり抵抗が・・・・
これだけは何十回言っても忘れてしまう。
ある人に言われたことがある。
「お手伝いを夜中にたたき起こして、コンビにまでジュースを買いに行かせることが出来るか?」
私は「行かせたくない。それは単にわがままなだけ、」 確かに言われればそうだ、自信はない。
でも、夜中、大雨の時、家の中まで水が入って来た時なんぞ、たたき起こして、朝まで水の番してたなぁ。

私はそれで十分満足してます。
多分、タイにいる間はず〜っとオップと一緒に暮らしてるでしょう。
