こんな時でないと戦車など・・・不謹慎でしたこれだけを見ているとまるで戦争ですが、



2006  タイでクーデター 早分かり

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9/19〜20




それはそれは・・・こんな政変が起こるのですから、十二分に原因も風土もここにあるわけです。

2000年・始めての選挙による政権交代が済んで、前タクシン首相が誕生しました。 この人、タイ・チャイニーズ。
もともとは警察官・・・長官までは行ってないけど、優秀やったから国費で米大学へ、ドクター取得。
警察官をやりながら副業で携帯電話の事業を始めた。 これで、儲ける! 財を成して警官を辞めて政界へ、
あることないこと吹聴して、政界の大物に売り込んで、我金使って政党を作って、のし上がって行った。 

ってことは・・・賢かった。

首相にまで上り詰め、この携帯電話会社をシンガポールの会社に売った際、法律を変えた。
しかも、不明瞭な株の売買が隠れ蓑になって財を成した。
 まま、こんな様なことが幾つも重なって、タイの皆さんが怒り出したわけです。

ってことは・・・・・・賢くないのか? いや、ここは仏教国、徳がないと言いましょぉ、 

そやそや、この間、タイの王様、タイで一番偉い人です。この人の注意を何度も無視しました。
タクシンは自分をCEO型スタイル(チーフ・エグゼクティブ・オフィサーそれはこれ以上、上がない立場)だと公言してはった。
ってことは、暗に「大統領」といわんばかりのことです。

今年、3月のデモでは・・・・タクシンはナチでした        こんなに多くの人が抗議のデモを・・・・ってこんなもんじゃなかったんだ、ものすごい人

2006年3月26日にはこんな大規模なデモが行われました。 皆さん「反タクシン」です。
この時も・・・・確かクーデターの噂はありました。

さて・・・世間は黙っていなかったのです。

7,8ヶ月練られた今回のクーデター、国王の名の下に全権掌握者ソンティ将軍率いる
「統治改革団」が立ち上がったのは、2006年9月19日夜。

勿論、警察幹部にも軍幹部にもタクシン派も居るわけですから・・・・・
力が互角なら・・・・流血になる可能性も高かったってこと。
でも、すでに軍も警察もプレム枢密院議長とソンティー将軍派が抑えていました。

このソンティ将軍、19日朝、バンコク郊外の自分の息のかかった軍を待機させていたのです。
そして、臨戦態勢に入り一触即発状態になったのは午後7時ごろ、
周りをソンティ軍に取り囲まれて「うん」とも「すん」とも状態になりました。

「幸運にも」とゆうのか、「残念ながら」とゆうのか タクシンはNYの国連でのスピーチ直前、
タクシンがソンティ将軍を解任すると電話を でも、クーデターが終わって「統治改革団」がタクシンを解任、

国連での晴れ舞台には首相でなくなったタクシンは立てなかったのであります。

このクーデターも王様の承認を得て、成功したのでありました。

その後、政権のどうのこうのとゆう話はあるけれども、
まだ、定かではありません。

ちなみに、タクシンはロンドンのさる豪華ホテルに滞在中、当分、帰ってこれないでしょぉ、