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1週間前、下息子16歳も兄に続き寮に入った。
静かになった家の中でいろいろ整理して書いてみた
私
生まれて無邪気だったとゆうのか子供時代。
残酷な遊びや何気に飛び出す言葉で他の命を脅かし、脅かされ、
ま、それが勉強だったと言えるのは定かでない。
この年になって覚えているのは
やっぱりいい思いでか、適当に嫌な思い出、
特別、嫌な思いではブラックホールの中にでも押し込めたのか・・・
真っ暗である。
でも、そのお陰で今日があるようにも思えるのだが・・・・
家族
母は素敵な人に思えた。
父は確かに教育は与えてくれたが「嫌な奴」だった。
この二人は良くも悪くも昔の人だったとゆうこと。
「長男第一」これで弟はダメになった。
そして、常に「兄弟は平等だ」に首をかしげていた私。
結婚して長男が生まれたときに心に決めた。
「嘘はつかない」
「自分のしたいことを」
「足は引っ張りたくない」
これは見方を変えると子供に義務と責任、
そして現実を見せることになるかとも、
二人目が生まれたときに思った。
「絶対に平等なんてありえない、私はこのことを子供に伝えねば!」
我子はお世辞にも出来がいいとは言えないが、
同年代の私よりは出来がいい。
よっぽど私が・・・・だったのだろう。
これもある意味、両親のお陰かとも思ったりする。
妙な感謝だ。
一人の人に対して、人生のいたるところで持つ感情が違う。
これを成長とゆうのか?
人を許すとゆうのには語弊がある。
元々、自分の誤解だったかも知れないが、
兎も角、怒りをもっていた心がそれほど感じなくなっている。
いや、むしろ、感謝さえしているときがある。
老化だろうか?
Comeing soon
「子供の障害にはならない」 --Pass--
「嘘はつかない」--Pass--
「絶対に平等なんてありえない」--never change--
人生とは斯くありなん。
その時は・・・よろしく頼む!

追記
とは書いて見たものの、我息子の出来は満足である。
やはり子育てには「命を消しゴム」にしなければ
それなりのものが帰ってこないのか?
今後の人生のテーマ「速やかに、軽やかにそして、丁寧に!」
向かって歩いていこう。
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