動物を飼う理由


 私・・・・子供の頃からいろんな動物と生きてきた。

 幼稚園前は黒い犬、名前はそのまんま「クロ」 大好きでしたが、父がつれて帰ってきて2年経つか経たないか、父に捨てられました。
 瓢箪山から上六の教会へタクシーで行く途中、運転手さんが盛んに父を止めていましたが捨てられた光景を今でも覚えています。
 そして数日後、瓢箪山の駅前のタクシー会社に 「クロ」はつながれていました。 私に唸りました。 悲しかった・・・・・

 そのころ、毎週末行く教会の近くでり昼食を(上六寿司)とり、近鉄百貨店の屋上にあるペット売り場は私のテリトリー。
 そぉそぉ、教会の近くの黒門市場の入り口にあるペット屋さんと犬屋さんもです。


 ある祭りの夜、アヒルの雛を2羽かってきました。私にとって15円は散財でした。 周りの大人たちは「きっと死ぬだろう」と思いました。
 でも、その思惑とは裏腹に生き続け、アヒルたちは大人になりました。 そしてよくご飯を食って糞をいっぱいしました。臭くなりました。
 夏のある日、家族旅行に出かけました。 アヒルにはたんまり餌をあげました。 大人たちは期待していました。 「死なないかなぁ・・・」

 期待を裏切りました。 それから間もなく、アヒルの1羽が隣の犬に嬲り殺されました。 私は悲しかったのに、ほっとした大人もいました。
 多分、いなくなった楽を感じた父は、近くのため池にもう一羽を捨てに行きました。
 次の日、家の前を通った大人が話していました。 「昨日、そこのため池にあひるがいてて、誰かが捨てたんやなぁ、美味かったよ!」
 幼稚園の時、父を信じなくなりました。
 

 小学生になり手乗り文鳥を買ってもらいました。 約束をさせられました。
 「毎日ひいている新聞を変え餌に水変え・・・・、しないと学校へは行かさない」 これは遅れていくとゆうことで、みんなの前で
 恥ずかしい思いをするとゆうことでした。 絶対に約束を守らされました。 子供ながら不思議でした。 大人は何をしても良いのか?
 1年も経たないうちにこの手乗り文鳥のトント(ローン・レンジャーにでて来る相棒のインディアの名前)の足を弟が踏み骨折、近所の鳥屋さん
 のおばあさんが治してくれた。(添え木をして1週間位だったと思う) この鳥も小学3年生の時に瓢箪山から奈良の学園前に引っ越す時に
 誰かにやられてしまった。結局ほかされたって訳。


 その間、父は熱帯魚のエンゼルフィッシュに凝っていた。 よく、鳥屋に「赤虫」を買いに行かされた。 赤虫はぬれた新聞に小さく薬包みされて
 売られていた。 今でもその匂いを・・・、感触を・・覚えている。
 結局、エンゼルフィッシュは綺麗にもならず、共食いを繰り返し・・・・・・ 父はあきらめた。 ごっついがラスの塊のような水槽だけが残っていた。


 名犬ラッシーがはやっていた頃、今度は「コリー」を芦屋の何所からか手に入れてきた。名前はドリー。綺麗ないい犬だった。 
 ご飯は麦とぎゅう筋の煮込み、あぁ、今でも覚えているあの匂い・・・・・・
 引越しの時に車から顔を出して怖い思いをしたらしく、それ以後、車を見ると顔色を変えて逃げるようになった。結局フィラリアで死ぬ。
 やさしい子やったなァ、
 

 友達の家でマルチーズを見た。小学1,2年だった。 可愛かったので欲しいと言ったが、それを真に受けたその子の父が母に「買え!」と言ってきた。
 その後、母はこの犬を買い、私のせいにした。 チルとゆう名前だった。何とでも言えただろうに・・・・・、
 ともあれ、この犬は本来小型犬のはず、餌をどんどん与えられ、中型犬に成長した。 気がキツイ犬だった。 
 父は気に入らず、殴る蹴るの暴力をし、犬は捻くれた。

 チルは皮膚病にもなった。 毎週お風呂に入れられ、ムトウハップ(イオウ)を塗られた。 臭かった。きっと鼻がバカに違いなかった。
 そして喰いに走った。 小学校の教頭が集りに来たある夜、父がチーズの塊をやった。 チルはそれを喉に詰まらせて窒息死した。
 教頭は気持ち悪がって慌てて帰った。 こいつも数年後、校長になって次、教育委員会の何かになって問題を起して辞めて数年後に死んだ。
 チルのほうが何百倍も好きだった。
 

 その後、母が気に入ったコッカスパニエルを買ってきたが、耳の臭い犬で閉口した。 これも結局、数年で父に捨てられた。 


 それと期を同じく弟が猫を拾ってきた。卒業式の日だった。山谷を乗り越え、8年生きた。 最初は「妙部の大臣(みょうぶのおとど)」改名後「ねこ」 
 大好きだったが、最初の1年はトイレが私の部屋にあってまいった。 
 そして黒猫「マフ」 ロシアンセーブルとシャムネコの雑種だった。 この子はよく子供を生んだなぁ・・・・ 20匹以上だよ、
 その子ネコたちはもらわれたり、捨てられたり・・・・マフは弟の猫だった。 彼が責任持って・・・・・子供が消えて行った。
 その時に思った。  こいつ・・・・父の息子だってね、  今も冷たい奴だ。
 ねこは寿命を全うしガンで死んだ。ちゃんと看取った。 マフは子供を生みながら死んでいった。
 
 エテとゆう捨て犬がついて来たこともあったが、この犬、ご飯を一回ひっくり返さないと食べなった。 弟が家出をした時にずっと彼にくっついていた。
 こいつは間もなく出て行ったが、数週間後、交通事故で死んだらしい。 道路に紙のようになって張り付いていたのを弟が見つけたそうな、


 近所の山に野犬の群れがいた。 その中でとりわけ大きな若シェパード、頑張って捕まえたが、父に保健所に連絡されたので逃がした。

 同じく、近所の山でカラスの子を捕まえた。 巣から落ちていたが、巣立ち間近、飼おうと思ったが、また父に怒られた。 泣く泣く山に返しにいった。

 ハムスターを買った。 長生きだったが、ある夜、何故か痙攣を起して死にかけた。 冷たい水をスポイドで口に流し込み、心臓をさする。
 復活! その後、寒かったため足温器で暮らす。

 リスを買った。上六の黒門市場の入り口のペット屋さん。 当時、リスは高かった。 何度も逃げたが帰ってきた。 可愛かった。
 愛しいと思った矢先、 「ざくろ」 をやった。 それを食べてリスは死んだ。

 鶉を飼った。 沢山いた。 毎日玉子を産むようになったが、2年後、あまりの臭さ閉口した。 近所のゴルフ場に野生の鶉がいて、そこへ放した。

 鶏もいた。 うんと太って玉子を生み出した。近所迷惑だと 朝早くから泣いた鶏に父は水をかけに行った。 実は父が嫌だった。
私が抱いたら寝込んでしまう鶏は卵が詰まって死んでしまった。 父は近くの川に捨てに行った。

大体高校生ぐらいまでこんな感じだったな、多分未だいたと思うけど・・・・・ 

幼稚園から小学校は友達と遊んだことより動物達と一緒だったことが多かったゎ、
流石に、高校生になったら友達がいて・・・・タバコ吸って酒呑んで・・・・動物達は消えて行ったなぁ、




番外
友達だったとゆうわけではない。小さい頃よく見た。

瓢箪山の家の縁の下にマムシの巣があったようで、よく出た。
父はマムシの尻尾を捕まえて地面に叩きつけて金槌で頭を潰して遠くへ投げた。
投げられた蛇はグネグネとしながら遠くへ落ちていった。


父は子供がいるからと言っていた。 そうなのかなぁ・・・・




2008/02/26