今年のお正月は・・・・・  

 

2005年1月  

今年のお正月は、去年に引き続き、えらいことやった。

去年12月26日、スマトラ地震、そんでアマンダ海に大津波が発生した。

あっちの国、こっちの国で、家もつぶれた、けが人もいっぱい出た。

いっぱい死にはった。

亡くなった人、誰か分からん。あの人、この人、何処へ行ってしもたんかわからへん。

何万人単位やで、考えられへんわ、

 

旦那さまとReijiがプーケット、カオラックへ行かはった。

「なんかできること」をしに。

とにかく行かれへん。28日から待機状態で結局、飛行機で30日に飛んでった。

 

向こうでのことは、話は聞いたけど、14歳の男の子の目にどない映ったんか、私にはわからへん。

すごいこっちゃったと思うわ、でも、自分で消化できると思た・・・ってゆうか、

そうせんと、これから先、何処で生きていくんか知らんけど、

たくましゅう生きて行かんなんやん、

「カウンセリングの勉強は、これからも続けるわ、」・・・・その結果やった。

 

家に残った私とShiggyのお正月、

チュラロンコン大学病院の側の献血センターへ行って、300cc献血してきた。

ファラン(白人)、多かったわぁ〜、

「日本人、何でけえへんの? 献血、嫌いか?」タイ人に言われた。

こんなよおけタイ人おったら、けえへんやろなぁ〜、英語で書かなあかんフォーム、さっぱりわからん。

知らんお姉さんが英語でゆうてくれたんやけど、Shiggyの英語も、ええかげんなこっちゃ、

何とか書いて、もろた番号が赤280番ぐらいやったかな、青もあったんやな、2時間待ちやて、

それでも、いっぺんに赤と青、10人づつぐらいするんやで、

待合室でうとうとうとうと、するしかない。

伊勢丹まで戻ってきたとこで、デューティフリーショップへ向かう日本人観光客を見る。

ああ、この人らには、関係ないんやなぁ、

年末から年始にかけて、私は友達にメールを送った。

今の私らの状態を、それが知り合いの環境関係のHPに載った。

私の持ってる、よおけもない情報を知らん人に知ってもらうのにはええ機会や、

日本に報道されへんかったことは、いっぱいあったようやね。

この間、TVで津波の特番やってた。これを、海外向けに作ったらええのになぁ、

やっぱ、知ってるのと知らんのでは、大きいよね、

ほんま、無知は罪やなぁ、(ソクラテスが言いました)

(2/27/2005 NHKインターナショナル)

 

その後のプーケットのお話を聞きに行った。

プーケットに関しては観光OK状態、プーケットの人たち、お客様お待ちん状態。

TSUNAMIは沢山の命を飲み込んだ。 その代償は、きれいになった海

TSUNAMIで海の底に溜まったもん、一掃されたんやな、

プーケットの地元の人たちは元気やて、

観光で成り立っているとこが、真っ先に復興しました。

そやけど、いろんな人の目に触れない、人の少ない漁村なんかは まだまだやそうでう。

(3/8/2005、バンラック幼稚園にて)